母の日記
私ごとですが、私の母は、私が高校生のときに持病の心臓弁膜症で亡くなって
います。私が幼い頃の母の印象はとにかく体が弱く、そして優しい人だったとい
うことです。
当時、近所に私よりも年下の吃音症の男の子がいました。勉強のできる子でし
たが、その話し方のために、とかくいじめの対象にされていました。その男の子
を私の母はよく家に呼んでお汁粉などを振舞っていたのです。その男の子も、
「まーちゃんのお母さん」と言って私の母親を慕っていたようです。
そんな様子を見て、私は何となく面白くなく、
「なんであの子を家に呼ぶんだ」
とつぶやいたことがあります。しかし母親は、にこにこしながら、
「まー、いいじゃないの」
と言うだけでした。
今から思いますと、母親も心臓が悪く、思うとおりに体を動かすことができな
かった分、吃音に悩むその子の気持ちがわかったのかもしれません。
また、私が大学に通っていたとき、何事もやる気が出ず、死んでしまいたいと
さえ思っていたとき、偶然、母親の日記を見つけました。そこには、私が子供の
頃からの「悪童」ぶりが書かれおり、「昌孝も、お姉さんのようにもう少ししっ
かりしてくれたら」などと、書かれていました。「親の心、子知らず」とはよく
言ったもので、「ずいぶんと苦労をかけていたのだなー」と今さらながらに思わ
されました。
そしてその日記の最後の方には次ように書かれていました。
「家の前の長い坂、その上にお店がある。私はお店に行くまでに、何度も立ち止
まり、休まなくてはならない。ああ、一度でいい、一度でいいから、一回も休む
ことなく上まで歩いて行くことができたら・・・」。
この部分を読んだとき、自分のふがいなさに愕然といたしました。「自分は家
の前の坂ぐらい、走っても上れる、しかしそのことに感謝することもなく、不平
不満で人生をのろっている、ああ、なんともったいない生き方をしているのだろ
う」と思いました。
キリストを信じて亡くなった母親の死をきっかけに教会に通うようになってい
た私はそこで、主に感謝することを、多少知らされたような気がしました。
弱さとの戦いであったであろう母親の生き方は、亡くなったあとも、日記を通
して、息子に力を与えていたかのようです。
主が言われた、「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱い
ところに完全にあらわれる」(?コリント12:9)。
母親を通して、の聖書の言葉が思い出されます。
(by 藤田 昌孝)