識別や決断に及ぽす影響(3)

 食事の習慣が、どれだけ自分たちの健康と品性、社会での有用性、また永遠の 運命に関係するかを理解できる程度に目覚めた人はわずかよりない。天から光を 受け、これに従って歩むことの有益であることを認めた者の義務は未だ知識のな いために苦しんでいる人々に対し、更に大きい関心を示すことであることを悟っ た。

 救い主の間近い出現を待望している安息日遵守者達が、この重大な改革事業に 対し関心の欠乏を示すようなことは、誰にもましあってはならない。男女皆教育 されなければならないのであって、牧師や人々にこの問題を論じ他の人々の心に 徹するように十分にすすめる働きの責任を感じなければならない。

 肉体の習慣は各自の成功に大いに関係している。食事について注意深く、身体 の調和のとれた機能を維持する食物が単純で、刺激が少なければ少ないだけ義務 に関するあなたの概念も明瞭なのである。身体の病的状態がすべてのことに暗影 を投げかけることのないよう、すべての習慣、すべての行動を注意深く反省する 必要がある。

 われわれの肉体の健康は食すものによって維持される。もしも、われわれの食 欲がきよめられた精神に支配されておらず、われわれがすべての飲食を節制しな ければ、聖書の教えていることを学び、永遠の生命を受けるために自分が何をな すべきかを知る目的でみことばの研究がでさる程に精神も肉体も健康ではないの である。

 どんな不健康な習慣でも身体組織に不健康な状態をきたし、胃のデリケートな 生きた機械はいためられ正常に働けなくなる。また食事は人の誘惑に陥り罪を犯 す傾向と大いに関係している。

 神性の力をお持ちになった人類の救い主が祈りの必要をお感じになったとすれ ば、弱く罪深い人間はどれ程さらに祈りの必要、即ち熱心な絶えざる祈りの必要 を感ずべきであろう。キリストが最も烈しく試みを受けられたときは何も食され なかった。

 神にご自分をお任せになって熱心に祈り、かれの父の御旨に完全に服従するこ とによって勝利なさったのである。今日の終末時代のために与えられた真理を公 言する者は他のあらゆる自認クリスチャンにも増して、祈りの大模倣者を模倣す べきである。

 「弟子がその師のようであり、僕がその主人のようであれば、それで十分であ る。」われわれの食卓にはしばしば健康的でもなく必要でもないご馳走が並べら れるがそれはわれわれが克己や疾病からの自由や健全な精神よりも、それらの食 物を愛するからである。

 イエスは熱心にかれの父から力を求められたが、神のきよきみ子はご自分にとっ てすら、この事がぜい沢な食卓につくよりも価値のあることとお考えになった。 暗黒の力と戦ぅための力を得て、自分たちに割当てられた働きを果すには祈りが 必須であることの証拠をかれはお示しになったのであった。われわれ自身の力は かえって弱みであるが、神が与えてくださるものは強い力であって、これを受け る人を皆勝利してあまりあるものとする。