勝利の生活に対する関係2

「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を 負うて、わたしに従ってきなさい。」(ルカ9:23)とイエスは言われた。彼 の単純さと克己の点で救い主に従って行こう。

 言葉と清い生活によって、カルバリーの人をかかげよう。神に献身する人々の 身近に救い主は近寄ってくださるのである。われわれの心と生活に神の霊の働き を必要とする時があったとすれば、それは現在である。

 清い、自己放棄の生活をおくるために助けを求めて、この神の力につかまろう ではないか。

 われわれの最初の先祖は食欲にまけてエデンを失ったのであるから、エデンを 取り戻す唯一の望みは食欲と情欲を堅く制することによる。

 食事の節制とすべての情欲を抑制することは知能力を稚持し、精神と道徳の力 を強め、人が自分のすべての性癖を、更に高等な力で統制することができるよう にし、また正しいことと誤ったこと神聖なことと通俗なこととの識別ができるよ うにする。

 キリストが誘惑に抵抗する方法をご自身の生活によって人間に示すことができ るために天の家郷を去って、この世に来られた犠牲の意義を真に理解した者は、 喜んで自制し、キリストの苦しみを彼と共にすることを選ぶ。

 神を畏れることは知恵の始めである。キリストが勝利されたように勝利する人々 はサタンの誘惑に対して常に自分を守っていなければならない。食欲と情慾を制 し、知識的な良心の支配下にこれを置かなければならないが、それは知能が害さ れず、知覚が明瞭であって、サタンの働きやわなを神の摂理だと解釈することが ないためである。

 多くの者が打ち勝つ者に与えられる最後の報いと勝利を望むが、彼らの購い主 のょうに労苦や貧困に耐え、克己する意志がない。しかし、われわれがキリスト の勝利されたように勝利するのにはただ服従と絶え間ない努力によるより他にな いのである。

 食欲が持っ支配力は幾千万の人々を破滅させるが、もしも彼らが、この点で勝 利をしたならばサタンの他のあらゆる誘惑に打ち勝つ道徳の力を得たはずである。 しかし、食欲の奴隷となっている人々がクリスチャンの品性を完成することはな い。

 六千年間人が罪を犯しつづけて来たことは、結果として、疾病と苦痛と死をも たらした。そして、終わりに近づくにつれて、食欲をほしいままにさせるサタン の誘惑も更に有力となり、更に勝利し難くなるのである。

  愛する者よ、
  あなたのたましいが
  いつも恵まれていると同じく、
  あなたがすべてのことに恵まれ、
  またすこやかであるようにと、
  わたしはいのっている。(ヨハネ第3:2)

 衛生改革の上に神が照らして下さった光を大切にする人は、真理によって清め られて不死の生命を受ける準備の働きで重要な助けを得るのである。