大河の流れ

かつ、被造物自身にも、滅びのなわめから解放されて、神の子たちの栄光の自由 に入る望みが残されているからである。実に、被造物全体が、今に至るまで、共 にうめき共に産みの苦しみを続けていることを、わたしたちは知っている。ローマ8:21〜22

 私達の教会の近くには大川が流れており、河畔には緑豊かな公園があります。 そこでは愛犬を連れて散歩している人をよく見かけます。

 ある日のこと、私の目を引いた一つの光景がありました。主人に連れられて散 歩しているその犬はあまりにもしんどそうで、辛そうに見えました。元気がなく、 頭を垂れて歩いています。ひょっとしたら病気に罹っていたのかも知れません。

 その犬の姿は現代の多くの疲れ切っている人々の姿を映しているような気がし ました。そして罪ある私達の姿にも見えたのです。犬を愛している主人は犬の健 康のために、又犬を喜ばせようと散歩に連れてきてあげたのですね。

 その様子から主人がどれだけ自分の犬を愛しているかをうかがうことができま した。その主人の姿はいつも優しく見守ってくださっているイエス・キリストの 姿ではないかと思いました。

 主は今日も私達を緑豊かな所へと導いてくださり、天国の空気を吸わせてくだ さるのであります。一日でも早く元気になることを願いながら。

 私は人間だけでなく、動物達もこの時代を生き抜くことは大変だろうなぁと、 ふと思いました。先日、私は家族連れで王子動物園に行って来ました。家内と娘 がとても喜んでくれました。

 しかし、私は檻の中にいる動物たちの姿を見て、心から喜ぶことができません でした。その動物たちは自由を奪われているように見え、その姿はすくなくとも 私には幸せに見えなかったからです。

 小さな囲いの中で一日過ごすということは動物にとって大変なストレスがある と思いました。ずっと同じ場所で、毎日同じことを繰り返すのであります。食べ 物の問題ではありません。住む所が問題なのではありません。

   問題は自由を奪われているということなのです。そのような動物達も解放され たいという気持ちをきっと持っているのではないかと思いました。

 聖書は「被造物の呻き」について書いています。自分を束縛している狭い所か ら自由と解放を求めているのは人間だけではなく、動物も同じであると思います。

   被造物全体も自分たちが解放される、自由になれるその日を切なる呻きをもっ て待っているのです。私達にとって主の再臨が罪から解放される日、罪の檻から 自由になれる日だとすれば、主の再臨は私達人間世界だけに限られることではな くて、すべての被造物にも及ぶ世界的な出来事であると思うのであります。ハレルヤ

(by 柳 鍾鉉)