神の確定

 旧約聖書、18章の10節には、90歳になっても子供ができなかった、アブ ラハムの妻サラに対して、神様の使いが語った言葉がのっています。

「わたしは来年の今ごろ、必ずここにまた来ますが、そのとき、あなたの妻サラ には、男の子ができている」(新改訳聖書)。

 旧約聖書のヘブライ語、新約聖書のギリシャ語には、未来形ではありますが、 完了形で書かれている箇所がたくさんあります。

 未来を現す言葉でも、日本語の表現のように、「〜かもしれません」というよ うな、仮定法ではなく、「そのとき、あなたの妻サラには、男の子ができてい る。」もうすでに生まれている、といった、未来の出来事でありながらも、もう 既に起こったできごとのように表現されています。そこには「〜かもしれない」 といった、あいまいさがありません。

 人間の世界では、予定は未定、その時になってみなければ分かりません。確か なものなどとは、そうあるものではありません。何が起こるかわからない。恐ろ しい世の中です。しかし、神様について言うならば、神様の予定は未定などでは ありません。神様の予定は確定です。

 人間の世界では、予定は未定、ずいぶんと心細い。しかし、私たちには、もう 1つの世界、神様の確定の中で生きることが許されています。

 私たちの救い、イエス様による十字架の救いについて言うならば、それはまさ に、未定ではなく、確定です。私たちの救いは確定です。これは、「日は明日も また必ず昇る」と同様に確かなことです。キリストにあるものは必ず救われます。

ローマ8:33 だれが神に選ばれた者たちを訴えるでしょう。人を義としてく ださるのは神なのです。

8:34 だれがわたしたちを罪に定めることができましょう。死んだ方、否、 むしろ、復活させられた方であるキリスト・イエスが、神の右に座っていて、わ たしたちのために執り成してくださるのです。アーメン。

 キリストにあるものは全てのマイナスはどんなマイナスもプラスに変えられま す。これもいたって確かな約束です。「朝が来ない夜はない」それと同じ確かさ で、全てのことは益と変えられます。なぜですか?私は体験しました。しかし最 も確かな証拠は、聖書です。聖書にそう書いてあるからです。

ローマ8:28 神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された 者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っ ている。

 キリストの福音のメッセージは、全世界に広められます。この日本においても、 世界で最も福音宣教の困難だと言われている日本においても、やがて全ての国民 に宣べ伝えられます。なぜ?マタイ24:14そして、御国のこの福音はあらゆ る民への証しとして、全世界に宣べ伝えられる。それから、終わりが来る。」アー メン。

 私たちの救いも、プラスに生きることも、福音宣教も、ひょっとすると、駄目 かもしれない、与えられないかもしれない、いいえ、それらはみな主の御手の中 で必ずなる。私たちは皆、この確定に生きることが許されています。
(by 藤田 昌孝)