リバイバルと改革

「牧師の賞味言は5年だ」とおっしゃった牧師さんを知っています。確かにそう かもしれません。5年ぐらい過ぎますと、そろそろ信徒の方々も牧師に飽きてき ます(?)。

 牧師は牧師で、5年ぐらいで自分の持っているものをだいたい全て出し尽くし ます。そうなると、すでに賞味期限切れ。でがらし状態です。どうしましょう。

 私も、今の教会に赴任して、6年目に入ろうとしています。申し訳ない・・・ あとは信徒の方々の忍耐が必要となります。

 しかし、今や出がらしのような牧師であろうと、賞味期限が切れた牧師であろ うと、イエス様の命がそこにあるならば、生きて働かれるキリストの力に頼って ゆくならば、きっと何かが起こります。

 では、生ける神の子キリストに豊かに働いていただくためにはどうしたらよい のでしょう?

 私たちは二つの間違った方法を知っています。

 1つは、「霊的主観的方法」です。ただ祈るのみ、人がとやかく、何かをする ことは人間的であるとします。会議したり、プログラムを実行したりすることは、 霊的ではない、人間的過ぎる。御言葉と祈りに専念するだけで十分だとする方法 です。

 もう1つの方法は人間の力と方法、人間的な力と能力、才能、努力でなんとか しようとする方法です。これを「人為方策的方法」といいます。人間的な可能性 だけでものごとを捉えて、神様の可能性を見ようとしません。

 生ける神の子キリストに豊かに働いていただくための3番目の方法、それは神 様がお働きになるための環境を整えさせていただくという方法です。

わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です (气Rリント3:6)。

と言われたように、植えたり、水をそそいだりする、人間の行いも大切です。し かし、ことをなしてくださるのは、神様です。

「リバイバルと改革が、聖霊の働きのもとにおこらねばなりません。リバイバル は霊的生命が新たにされることです。・・改革は再組織、建て直しを意味し、考 えや意見、習慣や行動に起こる変化です。改革は聖霊のリバイバルと結びつかな ければ、よい義の実を結ぶことはできません」(E・G・ホワイト『セレクテッ ド・メッセージ1』167)。

 今、私たちの教会は、長老会を中心にして、教会の今後の姿を再検討されよう としています。素晴しいことです。主とともに、その働きにご一緒させていただ ければと願っています。

神様がお働きになるために、私たちの教会を再構築することは良いことです。

神様がお働きになるために、私たちの家庭のあり方を見直すことは良いことです。

神様がお働きになるために、私たちの習慣や行動を立て直すことは良いことです。
(by 藤田 昌孝)