キリストの命によって

 新しい西日本教区長、島田真澄牧師が、教区理事会で次のようなメッセージを されました。

 イエス様は弟子たちに尋ねられました。「あなたたちは私を何者だと言うのか ?」。弟子を代表してペテロが答えます。「あなたこそ、いける神の子キリスト です」。

 そこでイエス様は「私はこの岩の上に私の教会を建てる」と宣言されました。 この岩とは何か?教会が建つべきこの岩?それはギリシャ語では女性名詞ですか ら、直接イエス様を指しているのではありません。ましてやペテロでもありませ ん。この岩とは、「あなたこそ、いける神の子キリストです」という信仰告白の ことだと思われます。

 私たちの教会が、生ける神の子キリストの力によって、その命によってそこに 建つならば、何かが起こります。私たちの教会が牧師の力による教会ではなく、 長老の力による教会でもなく、信徒の力による教会でもなく、ただ、生けるキリ ストの力、命によって建てられてゆくならば、そこに何かが起こります。豊かに されてゆく。生き生きとしてきます。

 以前、ある信徒の方が「大阪センター教会のお礼拝で、涙が出てとまりません でした」とおっしゃいました。「そんなによいお話だったかなー」と思いました ら、「礼拝堂の席についたときから涙が流れてとまりませんでした」。説教以前 の話し。説教の内容ではありませんでした。その場所に、この場所に聖霊の神様 が豊かにお働きになっていたのです。

 私たちの教会が、もしこの生きて働かれるキリストの命、キリストのお力によっ て建つならば、そこに何かが起こります。豊かにされてゆく。生き生きとしてき ます。

 私たちの家庭、家族について言うならば、私たちの家庭、家族が、もしこの生 きて働かれるキリストの命、力によって建つならば、そこに何かが起こります。 何かが始まります。豊かにされてゆきます。

 私たち一人ひとりについて言うならば、私たち一人びとりが、もしこの生きて 働かれるキリストの命、お力によって建つならば、そこに何かが起こります。何 かが始まります。豊かにされて、生かされてくる、生き生きとしてくるのです。
(by 藤田 昌孝)