御言葉が日常に
長谷川眞理子著『科学の目科学の心』という本の中に、次のようなジョークが
ご紹介されていました。
数理生物学者と、羊をつれた羊飼いが牧場で出会った。数理生物学者が羊飼い
に、「あなたが何頭の動物をもっているかを、もしも私が正確に当てたら、羊を
一頭くれますか」ときいた。羊飼いが承諾したので、数理生物学者は「278頭」
と答えた。
それは当たっていたので、数理生物学者が一頭とった。すると、今度は羊飼い
が、「もし私があなたの職業を正確に当てたら、それを返してくれますか」とき
いた。
数理生物学者が承諾すると、羊飼いは「数理生物学者」と答えた。彼が驚いて、
「どうしてわかったのですか」ときくと、羊飼いは、「いまあなたがとった、そ
の動物はね、それはイヌだよ」。
数理生物学者だって、羊と犬を間違えることはありません。ただ、学問的な学
びは、とても大切ですが、その学びは、もう一度個々の状況に合わせて観察し、
適応されてゆくのです。
聖書の学びも、きっとそうだと思います。聖書の言葉には、今後も熱心で忠実
な研究がなされてゆく必要があります。同時に大切なことは、解き明かされた聖
書の御言葉を、私たちの日常生活に適応させてゆくことです。
もちろん、それは私たち自身の力では、難しいかもしれません。しかし、イエ
ス様のお力、聖霊の神様のお働きにゆだねてゆくときに、聖書の御言葉は、私た
ちの生活の隅々にいたるまで、ゆきわたってゆくでしょう。
森本英治著『そのままで輝く』という本に次のようなお話が載っていました。
日本でも放映された『大草原の小さな家』のお父さん役をされていたのは、マ
イケル・ランドンという熱心なクリスチャンでした。
ある時、舞台で彼が自分の出番を待っていたときのことです。1人の弟子が彼
に言いました。「先生、くつの紐がゆるんでいるようです。しめられた方がよい
と思いますが…」。
「いやあ、よく言ってくれたね。ありがとう」。そう言ってランドン氏はくつ紐
をしめ直して、自分の番に出て行きました。ところが、かれはもう一度くつ紐を
ゆるめて出演します。
それを見ていたもう1人の弟子が不思議に思い、ステージから下りてきたラン
ドン氏に尋ねました。「先生はなぜ、ゆるめていた紐をしめ直し、出てゆく前に
もう一度緩めたのですか?」。
「ああ、あれはね、僕の役は遠くから帰ってきたお父さん役だったから、旅の疲
れを出すために。くつの紐はゆるんでいたほうがいいのさ」。「それなら、なぜ
あの弟子が言ったときに、わざわざしめ直されたんですか?」
「そりゃそうさ、せっかく僕の弟子が僕に関心をもって注意してくれたんだから、
感謝しないでおれなかったんだよ」。「先生!どうして、先生はそんな生き方を
する事ができるんですか。僕だったら気難しく『これでいいんだ!』と言い返し
ていたのに」。
ランドン氏はゆっくりと弟子を見つめながら、「僕も若い頃はそうだったよ。
人から注意されると、心がかたくなになって閉じこもってしまった。でもあると
き、教会でイエス様と個人的に出会ったんだ。
聖霊の神様が心に住んでくださっているうちに、イエス様と交わることが楽し
くなり、そうこうしている内に、全てのことを感謝して喜ぶという力が注がれて
くるようになったんだよ」。
それをきいた弟子は感動し、「僕もそんな生き方をする事ができたら、そして
そんな生き方を人に伝える事が出来るような人間になれたどんなに素晴らしいで
しょう」。
そのお弟子さんは、クリスチャンになり、やがて教会の牧師になられたそうで
す。イエス様を、聖霊の神様をあなたの心にお迎えしませんか?
(by 藤田 昌孝)