親心に生かされて
5月18日は「父の日」でした。父の日、「お父さんいつもありがとう」なら
いいです。それが、「お父さん、がんばって」。「いつもでも元気でね」。
何か、父の日というのは、母の日とちがって、感謝されているというよりは、
「がんばってねー」「いつまでも健康でいて、家族のために働いてねー」。どこ
か、あおられているというか、せきたてられているというか、「父の日」に時々
プレッシャーを感じるのは私だけでしょうか?
こんな素敵なお話が『百万人の福音』に載っていました。「父とあるく」とい
う題です。
父は背が低く、おまけに片足が不自由だった。一緒に歩く時はきまって僕の腕
によりかかってバランスを取りながら歩いた。そんなとき、周囲の視線が僕たち
に集まることがたまらく嫌だった。
でももし僕がそう思っていることに気づいたら、父はきっと僕の支えを断るだ
ろう。そう思うとよけいつらかった。
せかせか歩く僕とゆっくりな父が、歩調を合わせるのは楽ではなかった。だか
ら、一緒に歩きながら2人が口をきくことはほとんどなかった。それでも、父は
いつも「おまえのペースで歩けよ。父さんが合わせるからな」と言って、歩き始
めるのだった。
父が通勤に使っていた地下鉄の最寄り駅まで、父を支えながら毎日のように歩
いた。少々熱があっても悪天候の日でも、父は決して仕事を休まなかった。同僚
のだれも出勤できないような日であっても、父だけはいつも定時に職場にいた。
今、僕が振りかえってみて驚くのは、父は大人としてあれほどの不自由さやス
トレスを抱えていたにもかかわらず、不平や不満とは無縁だったという点だ。父
の口から自分を哀れんだり、ほかの人々をうらやんだりするような言葉を聞いた
ことは一度もない。
父が大切にしていたものは、人間としての素朴な誠実さや善意、そして神を思
う心、信仰心だった。人々の中でそれを見出しては、それで満足していた。
僕もこの歳になってようやく、そうした「まっとうさ」が人間にとってどんな
に大切かということが分かり始めている。でも、同時に、自分にはそれがどんな
に欠けているかも痛感する。
また、自分でやれるスポーツはほとんどないにもかかわらず、父は参加するこ
とに喜びを感じていたようだ。地元の草野球チームのマネージャーを買って出た
り、町内会のダンスパーティーにも顔を出し、みんなが楽しんでいる様子を眺め
ては楽しんでいた。
ある夏のビーチバーティーで、何かの原因で、その場にいたかなりの人を巻き
込んでのつかみ合いの大喧嘩が始まったとことがあった。この時、砂浜に座って
いた父も負けてはいなかった。
「座って、俺とさしで戦える根性のあるやつはかかって来い。相手になってやる」
とものすごい剣幕でどなっていたと、後日みんなで大笑いしたものだ。
父は何年も前に亡くなった。でも、今もよく父のことを考える。僕がささいな
ことで不満を抱くとき、他の人間がうまくやっているように思えるとき、まっす
ぐな心を失ってしまうとき、父のことを思う。
バランスを取り戻すために、父の腕に寄りかからせてもらう。そして、こうつ
ぶやくのだ。「父さんのペースで歩いてよ。僕が合わせるからね」。
私たちは、歳を経て、ようやく、父親の偉大さ、両親の大きさに気が付くこと
があります。大人になって、初めて父親の思い、母親の願い、両親の気持ち、心
というものがわかってくることがあります。
「親の心がわかってくる」これがある意味で成熟、大人になったということなの
かもしれません。
「いつまでも子供なんだから」「身体はおおきくても、中身は子供なんだから」
といわれる人は、人の気持ちが分からない、特に親の心がわからない、でいる人
である場合が多いようです。反省をこめて。
聖書の中には、「完全なものとなりなさい」という言葉が数箇所出てきます。
聖書でいう、この「完全」という言葉の意味は、「成熟した」とか「大人になっ
た」という意味の言葉です。
つまり神様は私たちにこの世においては、「成熟」しなさい、「大人」になり
なさい、といわれているのです。それは、言葉を変えるならば、「神様の心を知
りなさい」「天のお父様の親心を知りなさい」ということです。
聖書の言葉の中に、いつも、天のお父様のお心、親心を発見しようとする人は
幸いです。
(by 藤田 昌孝)