公の救い

異邦人伝道の初穂
「さて、カイサリアにコルネリウスという人がいた。『イタリア隊』と呼ばれる 部隊の百人隊長で、信仰心あつく、一家そろって神を畏れ、民に多くの施しをし、 絶えず神に祈っていた。ある日の午後三時ごろ、コルネリウスは、神の天使が入っ て来て「コルネリウス」と呼びかけるのを、幻ではっきりと見た。彼は天使を見 つめていたが、怖くなって、『主よ、何でしょうか』と言った。すると、天使は 言った。『あなたの祈りと施しは、神の前に届き、覚えられた。今、ヤッファへ 人を送って、ペトロと呼ばれるシモンを招きなさい』」(使徒10:1〜5)。

 上のくだりは、異邦人伝道が今まさに公に開始されようとする、その場面が描 かれています。それまで、イエス様も弟子たちも、伝道の主なる対象はユダヤ人 でした。ただしイエス様の場合、ローマ人の百人隊長や、やサマリア人の女性、 フェニキヤのギリシヤ人といった異邦人に対しても、ご自身を明らかにされてい ます。

 しかし、それらはごく例外事項であって、主な福音伝道の対象はやはりユダヤ 人でした。12人の弟子たちを派遣するさいにも、イエスさ様は次のようにお命 じになっています。

「異邦人の道に行ってはならない。また、サマリア人の町に入ってはならない」 (マタイ10:5)。

 しかし、今や、神様のご計画として、異邦人に対する伝道が開始されます。そ の初穂として選ばれたのが、上記のコルネリウスという人物です。「イタリア隊」 と呼ばれる部隊の百人隊長で、信仰心あつく、一家そろって神を畏れ、民に多く の施しをし、絶えず神に祈っていた人でした。

 神様はこのコルネリウスにイエス様をお伝えする器として、使徒ペテロをお選 びになりました。ただし、伝えるためには、伝えられる対象が必要です。その対 象として、もしくは異邦人伝道の初穂として、コリネリウスが選ばれたのです。

 誰がイエス様をお伝えするか。イエス様をお伝えする器には当然、神様よりの 「選び」があります。使徒ペテロが選ばれました。

 同時に伝えられる側にも、この場合、神様からの「選び」がありました。誰が 最初に使徒ペテロよりイエス様をご紹介されるか。ローマ人コリネリウスが選ば れたのです。

公の救い
 コリネリウスに福音が伝えられ、彼が救われたこと、このことは、コリネリウ ス自身にとっては、なによりも幸いなことでした。そして同時に、この救いは全 人類にとっても大きな祝福だったのです。コリネリウスの救いによって、全世界 に向けて、異邦人伝道の火蓋が切られたからです。

 コリネリウスの救い、それは、いわば「公の救い」と言えます。コリネリウス 個人の救いは、彼個人にとどまらず、その救いは彼の家族はもとより、全世界の 異邦人たちにとって、または現代の私たちにとっても大きな意味を持っているの です。コリネリウスの救いは、まさに「公の救い」だったのです。

 よくよく考えてみますと、私たち一人一人の救いも実は「公の救い」であるか もしれません。「私のような者がイエス様を信じることができた、イエス様より 招かれた、選ばれた」ということは、私だけの祝福にとどまらず、誰か他の人に 対して大きな意味を持つことがあるのです。

 あなたの救いが家族の救いにつながるかもしれません。または、誰かが救われ たあなたに対して、次のように思うかもしれません。「私もあの人のように救わ れたい」。「あの人が救われるなら、私だって救われるかもしれない」。

 そして、何よりも、天においては、私たち一人一人の救いは、罪人を救う、神 様の正義と愛を豊かに証明していることになるです。

「こうして、神みずからが義となり、さらに、イエスを信じる者を義とされるの である」(ローマ3:26)。
(by 藤田 昌孝)