目的指向型と展開型

 昨年の年末、テレビから流れる、ある生涯学習会社CM。役者の織田裕二さん が「今年もあっという間におわっちゃうよ。来年こそ目標をもって頑張るぞって 毎年思うんだよね…って、今うなずいたでしょ」というCM。

「別にうなずいちゃいませんから」と言いたいところですが、心の中では「ある、 ある」と思ったりします。

 よく言われることですが、目標を紙に書くと効果があるそうです。それも、多 方面にわたる目標を書くということ。信仰において、家族において、仕事におい て、教養において、健康において、経済において、趣味において、社会との関わ りにおいて

 それぞれ目標を紙に書き出すことが薦められています。例えば、「旧新約聖書 を通読する」、「家族旅行を実現する」、そのために逆算して「一日聖書〜章読 んでゆく」「旅行積み立てをする」などと毎日の行動を決めてゆきます。

 このような、いうなれば「目的志向型」の生き方は、私たちの毎日に正しい優 先順位を与えてくれます。日々の生活を有意義なものへと導いてくれます。

 ただし、私たちの生活は、自分の予想通りにはなかなかいかないものです。自 分の力不足が原因であったり、周囲の環境がそれをゆるさなかったりします。思 いもよらない出来事が突然襲ってくることもあります。

 そこで、「目的指向型」と同時に「展開型」の生き方も必要となってきます。 「展開型」の生き方とは、今日一日を大切に生きてゆく生き方です。その結果、 将来が開けてゆく、という生き方です。どちらかといえば、将来の目標を立てる というよりも、毎日をどう生きるか、ということに重点が置かれます。

 私たちはクリスチャンとして、主にあって目標を立てる「目的思考型」の生き 方と、聖書の原則に従って生かされてゆく、主と共に生かされてゆく、「展開型」 の生き方との両方が必要なのだと思います。

 お正月、家族でゲームをしているとき、ふと昔、私がラジオでお話をした次の ような原稿が思い出されました。

 切り札
「あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ、主はそれをなしとげ」(詩篇37 編5節)。

「あなたの道を主にゆだねよ」とは、何が善であって、何が悪であるかを、聖書 を調べ、祈り、よく考えて、最善と思われることを、主にあって選んでゆきなさ い、ということです。そうするならば、神様ご自身が責任をもって、その道を成 し遂げてくださると、ここでは語られています。

 私が高校生の頃、まだ神様を知らないでいたときです。同級生でトランプや花 札など、カードゲームの得意な友人がいました。私は密かにその友人にカードゲー ムの秘訣を尋ねました。

 すると友人は、「それはね、自分の持ち札にあまりこだわらないこと、ゲーム の流れに乗って、新しい手に切り替えてゆく勇気だ」と教えてくれました。自分 の持ち札にこだわっていると、それ以上強い手にならない、

しかしゲームの流れに乗って、新しいカードに役を合わせてゆくと、強い手が出 来上がると言うのです。

 現在私は賭け事いっさいをいたしませんが、この方法論は人の生き方にも示唆 を与えているような気がいたします。私たちも自分の力や、自分の考えばかりに とらわれていますと、それ以上発展しないばかりか、ゆきずまり、袋小路に陥る ことがあります。

 しかし神様を信頼し、その道を選んでゆくとき、そこには主が成し遂げてくだ さるという新しい世界が開けてゆきます。

 時には自分の持ち札を切って、神様の札をいただいて勝負してみては、いかが でしょうか。主が責任をもってその道を守り、豊かに導いてくださるに違いあり ません。
(by 藤田 昌孝)