命を繋ぐ人々
今週は、教会員の方の親御さんの葬儀を2名続けて執り行いました。お葬儀は
悲しくつらいことです。しかし、人間の生死に関わる厳粛なときを迎えるにつけ
て、いつも大切なことを考えせられます。
ひと時の眠りにつかれました御二人には、イエス様を信じる者、クリスチャン
のお子様が与えられました。
当たり前のことかもしれませんが、私たちが今こうしてイエス様を信じて救い
に入れられ、天の御国を目指して、ご再臨を望みに覚えて生かされているもの、
私たちを生んでくださった両親がいるからです。
そしてその両親にも親がいて、それぞれに命を途絶えることなく、繋いでくれ
ました。この世に命が与えられているということは、それは、それは、数え切れ
ないほど多くの方々の命に支えられて初めて成り立ちます。
そしてそれぞれ数え切れないほど多くの方の人生おひとつおひとつは、言うま
でもなく、尊い人生、かけがえのない人生。幾度となく生死の境をわたりながら
も、たくさんのドラマを持って生き抜いてくださった人生です。私1人のこの世
の命は、それらたくさんの方々それぞれの人生の恩恵の中で授けられたものです。
それと同時に、私の永遠の命もまた、私に福音を伝えてくださり、導いてくだ
さった方々、お世話をしてくださった方々、たくさんのお祈りの中で、与えられ、
育まれ、支えられてきました。
私一人の永遠の命が授けられるために、どれほどたくさんの方々のお働きがあっ
たか、それは、はかりしることができません。私を導いてくださった方々にもま
た、それぞれ、多くの方のお助けがあって、様々な導きの中で、信仰を育まれた
ことでしょう。そしてお助けされたその方たちもまた・・・。
私たちの信仰は多くの先人たちが絶やさず伝えてくれたことによって成り立っ
ています。アブラハムの家族が、なんとか神様の律法を守りとおして、その子孫
たちに繋ぎ、その子孫たちも、何度となく間違いを犯しながらも、そのまことの
神様を伝えてくれたことによります。
新約聖書の時代に入って、アブラハムの子孫、ユダヤ民族からその使命が教会
に託されました。そして今や、私たちの教会も同様の使命を負っています。この
ように考えるとき、私たちは教会の大切さに気づかされます。
教会の大きな目的のひとつは伝道です。ただし伝道といっても、戸別訪問だけ
が伝道ではありません。また聖書研究をすることだけが伝道ではありません。伝
道の中には、すべての奉仕が含まれます。
小グループの一員であること。教会を愛で満たすこと。清い笑い声を提供する
こと。安息日教会にご出席されること。献金をお献げすること。お掃除をするこ
と。お客様を大切にお迎えすること。
教会の行事を滞りなく進行すること。教会のお知らせ、文書を作成すること。
教会の玄関の飾りつけをすること。ご自宅でお祈りをお献げすること。お手紙を
書くこと。その方の存在そのもの。笑顔。優しいまなざし。
これらはみんな伝道のお働きです。それぞれの方がご自分の賜物にあったお働
きを喜んでなさること、すべてが伝道のお働きです。また、イエス様を信じる人
がそれぞれの職場で元気にお働きくださること、ご自宅で家事をされること、こ
れも大切な伝道のお働きです。
教会はそれらのお働きを支え、しかも聖書の真理から離れないように、正しく
導く役割を負っています。私もまた、この世の命を繋ぐもの、また永遠の命を繋
ぐものとなりたいと願います。
(by 藤田 昌孝)