失われた律法

 以前、韓国の再臨研修院のお話をさせていただきましたが、研修院の院長をさ れている洪光義(ホンクァンウィ)牧師のメッセージをご紹介させていただきた いと思います。

「神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された」
                          (創世記1:27)。

「見よ、それは極めて良かった」(創世記1:31)。

 人は神様に似せて造られました。神様の律法は神様のご品性を表します。神様 にかたどられた人も、神様の律法がその人の品性となりました。神様の律法がそ の人の本性として与えられていたのです。

 造られたばかりの人は、神様のご品性を表す者、神様の律法を豊かに証する者 だったのです。

 洪先生は、最初の人(罪を犯す前の人)の特徴について次の三つを提示されま した。

1.神様との人格的交わり
  人は神様を心から愛し、神様と自由に交わることができました。神様との交   流を最大の喜びとしていたことでしょう。

2.心に植えられた愛の律法
  人の心は神様の律法、愛の律法で満ちていました。互いに愛し合うことが自   然のことでした。全てを与えることが自然の喜びでした。

  神様と人、自然界の全てを愛することが人の本性でした。彼らはなんの躊躇   もなく、思い通りに愛の律法を分かち合うことができました。

3.自由意志
  愛の律法を喜びのうちに、自由に選ぶことができました。神様の喜ばれるこ   とを自分の喜びとして、自ら進んで選び、行動することができました。

 しかし・・・・神様はおっしゃいました。
「ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死ん でしまう」(創世記2:17)。

 この17節のヘブライ語には「その日」という言葉が書かれています。つまり、 「食べれば、その日、その時、死にます」という意味です。

 エバとアダムはその実を食べました。すぐに死んだでしょうか?死んでないよ うに見えます。しかし、その時、死んだのです。

 その日、その時、彼らのうちにあった、「神様にかたどった」心が死んだので す。神様のご品性を失ったのです。先に述べた3つの特徴を全て失ったのです。 彼らは、その時以来、愛の律法に生きることができなくなりました。「神様を父 とする」人がその時、死んだのです。

「あなたたちは、悪魔である父から出た者であって、その父の欲望を満たしたい と思っている」(ヨハネ8:44)。

このような者へと変わってしまったのです。

 イエス様はもう一度、この死んだ人を生かすために、この地上に来られました。 神様にかたどった心を回復するために。人のうちに神様のご品性を回復するため に。

 人の心に愛の律法を回復するために。死んだ者を生き返らせるために、「神様 を父とする」人を生き返られせるために、イエス様は十字架につかれたのです。
(by 藤田 昌孝)