ミス・ユニバース

 2007年度ミス・ユニバース世界大会(世界三大コンテストの一つ)で、日 本代表の森理世(りよ)さんが優勝されました。

 私はちょうどその時、韓国再臨研修院で、それどころではありませんでした。 しかしどういうわけか、研修員の韓国人の先生が、日本人がミス・ユニバースで 優勝したと教えてくださいました。

 研修員の先生も、美人がお好きか?どんだけ、きれいなんだろう、と祈祷院に いながら、煩悩を膨らませおりましたところ、帰国して森さんのお写真を拝見い たしました。「え、この人かー」まーたしかにきれいな人だと思いましたが、私 ごのみの人は他にいそうな気がしました。

 どうやら、世界の評価基準は、私の評価基準とは多少違うようです。日本では 一般に「かわいらしさ」が評価されがちだと、言われています。ところが世界の 評価ポイントは、「健康」「知性」「強さ」「社会意識」そして「コミュニケー ション能力」なのだそうです。

 しかもその評価は、舞台の上だけではありません。本番前、一ヶ月間にわたっ てなされるチャリティーイベントの中で、そこで出会う人々との接し方も評価の 対象となっていたそうです。

 記者会見で、「美しさの秘訣は?」と問われた森さんは、間髪入れずに、この ようにお答えになったそうです。「自分のアイデンティティー、自分が何である かを忘れないことだと思います」。

 自分が何であるか、それを忘れないこと。なるほど、意味深い言葉だと思いま した。

 イエス様はご自身について語るとき、このようにお語りになりました。

わたしが自分について証しをするとしても、その証しは真実である。自分がどこ から来たのか、そしてどこへ行くのか、わたしは知っているからだ(ヨハネ8: 14)。

 イエス様は、ご自分はどこから来て、どこに行くのかをしっておられました。 それが自分の証だ。というのです。

 私たちはいったい、自分は、どこから来て、どこに行こうとしているのか知っ ているでしょうか?それを知るということが、自分を知るということ。自分が何 であるかを忘れないということです。

 私たちはどこから来たのか? 私たちは神様のみかたちに似せて造られました。 神様の律法を愛し、神様の原則に生きることが、自然であり、喜びでした。その ように造られました。

 ところが罪の結果、神様に似せて造られた心が死んでしまいました。その代わ りに、罪の心、肉の心が生まれたのです。それ以来、私たちは神様と交わること がうっとうしくなります。人を愛するより、自分を愛するようになりました。い や自分も愛することができなくなってしまいました。

 しかし、そんな私たちをもとの状態にもどそう、失われた命、永遠の命を与え てくださろうとして、天のお父様は、一人子イエス様を私たちにお与えになりま した。イエス様は私たちの全ての罪をその負って十字架におかかりになったので す。

 全ては終わった、成し遂げられたと十字架の上でイエス様が叫ばれました。私 たちの罪の贖い、身代わりの刑罰は全て終了しました。

 私たちは、今、新しい命をいただく者となりました。あのアダムが最初持って いた永遠の命を再びいただく者とされました。肉の心はまだ、残されてはいるも のの、私たちは、日ごとにその永遠の命を受け取ることができます。

 日ごとに新たにされて、あのエデンに向けて、回復の道へと、歩ませていただ いているのです。そしてその命は、イエス様がもう一度この地上に来られるとき に、完全なものへと、回復していただくのです。
 これが私たちのアイデンティティーです。このことを忘れてはなりません。
(by 藤田 昌孝)