十字架の功績

「主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。蛇は女に 言った。『園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか』。女 は蛇に答えた。

『わたしたちは園の木の果実を食べてもよいのです。でも、園の中央に生えてい る木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないか ら、と神様はおっしゃいました』。

蛇は女に言った。『決して死ぬことはない。それを食べると、目が開け、神のよ うに善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ』」。(創世記3:1〜5)

 これは創世記にあります、蛇(サタン)の誘惑の場面です。サタンは女に対し て「神様の律法をやぶっても大丈夫、死にません」とささやきます。

 このささやきには、少なくとも3つの欺瞞が隠されています。

1.律法は人には守れないという欺瞞
 「神様の律法は、園のどの木からも食べてはならない、というほど無理な話で
  す、律法を守り通すことなんて、無理です。だから少しくらいなら律法を破っ
  ても死にはしません」と偽ります。

2.律法は理不尽だという欺瞞
  サタンの嘘は神様の律法が理不尽であるかのような印象を与えます。「どの
  木の実もたべてはならないなんて、そんなひどい・・・」とサタンは女に語
  りかけます。また5節のくだりでは神様が隠し事をしているような、嘘をつ
  いているような印象を与えます。

  サタンは「神様は守ることのできない律法を人に与えておいて、守れなけれ
  ば死を与えるという。理不尽な方です」といった神様についての偽りの印象
  を与えようとしました。

3.律法は無用という欺瞞
  そこで、サタンは、「神様の律法は、無用なのではないか?人がそれぞれ、
  各自の善悪の基準を持っていれば、それでいいのではないか?」と訴えるの
  です。

 この三つのサタンの欺瞞は、律法に対する攻撃であると同時に、それは神様の ご人格、ご品性を疑わせるものでした。なぜなら、律法は神様のご人格を表すも のだからです。

 サタンは「神様の原則、ご人格、ご品性、律法は理不尽で、自分たち(サタン) が作り出す善悪の基準こそが理にかなっている」と偽ります。そうすることによっ て神様の権威よりも、自分自身の権威を高めようとしたのです。

 しかし、この惑わしをイエス・キリストの十字架は打ち砕きます。

1.律法は人には守れないという欺瞞に対して
  罪なき人として、生涯を過ごされたイエス様は、そのご生涯を通して神様の
  ご品性の麗しさ、神様の律法の美しさ、正しさを証しされました。

2.律法は理不尽だという欺瞞に対して
  全宇宙は、全ての罪人の身代わりに刑罰を受けられる神様のお姿を見ました。
  主を信じる者が皆救いにあずかることを知ります。神様のあわれみと正義が
  証明されたのです。

  一方でサタンの正体が明らかにされました。彼の欺瞞がどれだけ醜悪なもの
  であるかを全宇宙の前で暴露されたのです。

3.律法は無用という欺瞞に対して
  全人類の罪を負って死なれたイエス様のお姿を見て、三位一体の神様がどれ
  だけ神の律法を大切にしているかを全天は知ります。全人類には、律法を愛
  する霊の心、永遠の命を与えられました。

 サタンの欺瞞は打ち砕かれ、サタンは完全に敗北しました。キリストの勝利で す。

 私たちも、この十字架の意味を理解する中で、神様の律法を、その身に実らせ てゆくことを願うのです。救われた者として、この十字架の目的である律法の完 成を、霊の心は願い求めてゆきます。
(by 藤田 昌孝)