影響力という遺産
9月中旬、私たちの愛する1人の教会員の方が、心不全のためお亡く
なりになりました。あまりに突然の訃報、この悲しみの前に私たちはただ呆然と
立ち尽くすばかりです。「なぜ?」と問わざるを得ません。
故人の手帳には今年の予定が美しい文字で書き込まれていました。コンサート
の予定、お習い事、教会の当番、など、これからの予定が丁寧に書き込まれてい
ました。しかし、突然、中断を迎えたのです。
神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる。
それでもなお、神のなさる業を始めから終りまで見極めることは許されていない
(コヘレト3:11)。
私たちは神様のなされることの時期について見極めることを許されていません。
しかし、その中で、ゆるされていることがあるとするならば、その人に与えられ
た時間を忠実に用いることだと思います。
こういうわけですから、人はわたしたちをキリストに仕える者、神の秘められた
計画をゆだねられた管理者と考えるべきです。この場合、管理者に要求されるの
は忠実であることです(气Rリント4:1、2)。
この方は、神様から与えられたご計画の忠実な管理者、委ねられた時間の忠実
な管理者でいらっしゃいました。社会人としてのお働きの中に、教会でのお働き
の中に、また多くの方々に対するこまやかな心配りの中に、故人の忠実さ、温か
さ、優しさ、そのご人徳は、私たちの心にしっかりと刻まれています。
人生を点で見ようとするとき、そこにはどうしても「なぜ?」という思いが生
まれてきます。しかし人生を線で見ようとするならば、そこには神様に愛され、
神様と人とを愛し通されたその人の歩みが確かに見えてきます。
私たちが一人の方の人生の終焉に立ち会うとき、その方がどれだけ多くのこと
を成し遂げてくださったか、を知らされます。それは必ずしも、形に残された業
績とは限りません。
かえってそれは、その方ならではの方法によってなされた、私たちへの「影響
力」であろうと思われます。そして、それは、その人の知識や才能もさることな
がら、その人の生き方やご品性によるところが多いのです。その方の生き方やご
品性が強烈に私たちの心に残されるのです。
「世は、広い知識を持った人間よりも高貴な品性を備えた人物を必要としている。
才能が堅固な原則によって支配された人物を世は求めている」(エレン・ホワイ
ト『教育』266)。とあるとおりです。
その方の生き方に表されていた神様の原則は、強烈に私たちの人格に影響を与
えています。確実に私たちの心に根を張ろうとしているのです。そのような意味
で、この方は私たちにたいへん多くのことを成し遂げてくださいました。
「世界の最もとうとい働きの結果は、この世においてはそれをなした本人にもほ
とんどわからないのである。おのれを忘れてたゆまずに働いた結果がどれほど彼
らの手の届かない知らない人々に及んでいることであろう。
彼らは、自分の忠実さによって開かれた祝福の泉から小やみなく水が流れ出て
いることを知らない。彼らは、力と希望と励ましの言葉、全地の人々の心に祝福
を与える言葉を伝えるが、しかし、世に名も知られていないひとりでほねおった
その結果は自分にはわからないのである。
天国では、こうしたすべての働きとその結果が明らかにされるであろう」。(エ
レン・ホワイト『教育』357)。
(by 藤田 昌孝)