平和を実現する人々の幸い。
平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。(マタイ
5:9)
旧約聖書、新約聖書両方合わせて、「平和」という単語は350回以上出てき
ます。聖書の神様は平和の神と呼ばれています。聖書の神様は平和を実現する神
様です。
「わたしから学んだこと、受けたこと、わたしについて聞いたこと、見たことを
実行しなさい。そうすれば、平和の神はあなたがたと共におられます」。(フィ
リピ4:9)
私たちはこの「平和を実現する」という神様の意志を引き継ぎます。「平和を
願う」とは書かれていません。「平和を愛する」とも書かれていません。平和を
つくり出すと書かれています。
バークレーという神学者は、この平和を実現する人について、辛らつな表現を
使いました。
「人の中には二種類の人がいる。たえず争い、対立、分裂を起こす人がいる。ど
こに行っても自分が争いの渦中にいる。また誰かの争いの原因になっている。こ
ういう人たちは争いをつくり出す人たちである。
彼らは悪魔の業をしているのである。反対に、その人の前では争い憎しみが消
えてしまう人がいる。仲たがいを調整し、不和をやわらげ、対立感情を解消する
人がいる。こういう人たちは神の働きをしているのである。
私自身が平和を持つこと私たちが平和を実現するためには、まず、私自身が平
和を持っていなければなりません。」
ホワイト夫人はローマ5:1を通して、次のように説明されています。
「このように、わたしたちは、信仰によって義とされたのだから、わたしたちの
主イエス・キリストにより、神に対して平和を得ている」(ローマ5ノ1)。
「だれでも罪と絶縁することに同意し、キリストの愛に心を開く者は、この天の
平和を持つ者となる。これ以外に平和の基はない。心に受け入れられたキリスト
のめぐみは、敵意をしずめる。それは争いをしずめ、魂に愛を満たす。
神との平和また隣人との平和を保っている者は、決して不幸になることはない。
彼の心には嫉妬はない。そこには悪意のはいる余地がない。憎悪も存在しえない。
神と調和している心は、天の平和の共有者である。
そして周囲のすべての者に、その祝福された感化を及ぼすのである」(『祝福
の山』34)。
このようにして、私たちは、神様と和解させていただきます。自分とも和解を
果たします。神様と調和している心は、平和の共有者です。その人は、祝福され
た感化を回りに及ぼします。平和を実現する人々です。
では、具体的に平和をつくるために何をすればよいのでしょうか?
(a)福音を宣べ伝える
平和を実現するために私たちは福音を宣べ伝えていなければいけません。本当
の平和は、神様との調和です。もし人がキリストの救いを得ていないなら、そこ
に平和はありません。ですから、平和を実現するために私たちは伝道するのです。
(b)私たち自身が穏やかな者になること
もし、私たちが穏やかな人物でないとするなら、そこに平和はありません。で
次のように言っています。
「わたしの愛する兄弟たち、よくわきまえていなさい。だれでも、聞くのに早く、
話すのに遅く、また怒るのに遅いようにしなさい(ヤコブの手紙1:19、2
0)」。
人の怒りは神の義を実現しません。
「キリストに従う者たちは平和の使信をもって世につかわされている。きよい生
活の静かな無意識の感化によってキリストの愛をあらわし、ことばと行為によっ
て、他の人に罪をすてさせ、心を神にささげるように導く者は、平和をつくり出
す人である」(『祝福の山』34)。
(b)小さな行為によって実践される
イエス様はマタイ5:44、45に次のように語っています。
「自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。それでこそ、天におられる
あなたがたの父の子どもになれるのです。」
また、マタイ5:47 では、
「また、自分の兄弟にだけあいさつしたからといって、どれだけまさったことを
したのでしょう。」
分け隔てなく、「あいさつ」をすることがすすめられているようです。平和を
実現する人はそのような小さ誠実な行為から始める必要があるのでしょう。その
ような行為を積み重ねて行くことによって、人は平和を実現してゆくのだと思い
ます。
(by 藤田 昌孝)