マッサダの要塞

 4月15日、皆様のお祈りに支えられて、聖地旅行より無事帰ってまいりまし た。参加者一同、大きな怪我や病気に見舞われることなく、安全の内に戻ること ができました。皆様のお祈りを心から感謝いたします。

 今回は聖地旅行8日目に訪れました、「マッサダの要塞」についてお話をしま す。イスラエルの南部、死海のそばに世界文化遺産「マッサダ」と呼ばれる岩山 の要塞跡があります。

 紀元前120年頃に要塞が建設された後、ヘロデ大王が離宮兼要塞として改修 します。その後、イスラエル人にとっては決して忘れることのできない伝説の戦 跡となります。

 紀元70年、エルサレムは、ローマ軍によって陥落されます。しかしその後、 ローマ軍を相手に最後まで戦ったユダヤ人がいました。彼らは聖書にも出てきま す「熱心党」と呼ばれる人々でした。

 彼らはヘロデの宮殿「マッサダ」に立てこもります。その数、婦人子どもを入 れて967名。彼らは「心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神を 愛しなさい」との御言葉に従い、異教の神に屈することを拒み、戦い続けます。

 3万人のローマ軍が、砦を囲みますが、険しい絶壁のため、攻め入ることがで きません。さらに、この要塞には、彼らを長期にわたって養うだけの貯水と食料 の貯蔵が完備されていました。戦いは3年間に及びます。

 ついにローマ軍は頂にむかって土を盛り上げ、通路を作ります。ローマ軍が進 攻します。ユダヤ側に勝ち目がなくなりました。その時、「熱心党」の指導者エ リエゼル・ベン・ヤイールは同胞に向かって語ります。

「勇気ある立派な戦士諸君、われわれはかつて『神』以外の、他のいかなるもの にも仕えないと決心した。というのも、『神』だけが人間の真実で正義の主人だ からである。われわれの持ち物と要塞を焼き尽くそう。だが食料だけは残してお こう。

そうするならば、われわれが食料不足のために屈したのではないことを証しする だろう」(ヨセフス著『ユダヤ戦記』参照)。

 この演説のあと、彼らは十人をくじで選び、その十人によって同胞たちは剣で 刺されることをよしとします。さらにくじで一人を選び、その一人が9人を刺し、 最後に残った者だけが自決しました。自殺は禁じられていたからです。

 最後自決した一人は伝説では指導者エリエゼル・ベン・ヤイールだとも言われ ています。この出来事は、その中で生き残った2人の女性と5人の子供たちによっ て歴史家ヨセフスに伝えられたといわれています。破壊後は長い間その所在が分 からなくなっていましたが、1838年にドイツ人研究者によって発見されます。

 現在、この岩山の上で、イスラエル軍の入隊宣誓式が行われています。新入隊 員はここで聖書を受け取り、「ノー・モア・マッサダ(マッサダは二度と落ちな い)」という誓いを立てるのだそうです。

 彼らは今でも、イスラエルを、エルサレムを、命をかけて守る決意をしている のです。

 私たち一行は、このお話を要塞跡でガイドさんから聞かされ、感銘を受けまし た。後で私は『ユダヤ戦記』の信憑性についてガイドさんにお尋ねしました。す ると『ユダヤ戦記』に描かれている要塞内の部屋の配置の通り、遺跡の中に発見 されたことを教えて下さいました。

 つまり『ユダヤ戦記』の史実性がマッサダの遺跡によって高められたのです。 ちなみに『ユダヤ戦記』にはイエス様の十字架と復活も描かれています。
(by 藤田 昌孝)