光の中を歩む
「自分の罪を公に言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、罪を赦し、あら
ゆる不義からわたしたちを清めてくださいます」(第1ヨハネ1:9)
聖書は、自分の罪を告白するならば、神様はあなたの罪を赦してくださり、あ
らゆる不義から清めてくださるという約束の言葉を記しています。
これは、罪を犯し暗闇を歩むことがあるわたしたちに対する神様の祝福の言葉、
また、わたしのもとに来て欲しい、そうすれば、光の中を歩めますよという神様
の招きの言葉であると思います。
ところが、わたしたちは、この神様の祝福、神様の招きの言葉を拒むようにし
て、神様との交わりを避けてしまうことがあるかもしれません。
テレビをつけ、新聞を読み、食事をし、仕事や学校にでかけ、家事をして、お
しゃべりをし、本を読み、インターネットをし、ラジオを聞き、なんだか慌ただ
しく一日が過ぎていきます。
なんでもかんでも必死に呑み込むようにして、じっと座っていられないのです。
一人でいられないのです。
一人でいると、そわそわ落ち着かなくなり、不安を覚えたりさえします。こん
なことをしても何の価値もない、ばかばかしい、時間を取られすぎる、座ってい
るよりも行動した方が有益だなどと考えて、立ち上がってしまうことがあります。
また、一人でいられたかと思うと、頭の中は、その日の予定について考えたり、
忘れていた用事を思い出したりして、神様と過ごすどころではなく、そわそわ落
ち着かなくなってくるのです。
罪の支払う報酬は死ですが、神様の賜物は、イエス様による永遠の命です(ロー
マ6:23)。
天を仰ぎ、神様の恵みを、味わいたいと思います。
(by 平賀 和弘)