「主を知ることを誇りとせよ」
「ニムリムの水は干上がり 草は枯れ、青草は尽き 緑はなくなった。それゆえ、
彼らは畜えた富みと、家財を携え アラビムの川床を渡る。」
(イザヤ15の6、7)
主がイザヤを通して、モアブの滅びを宣告した一連の預言の一部です。神のさ
ばきのもとにあるモアブ人が、それでも「畜えた富と家財」があれば生き延びれ
るかのように、それを携えて川床を渡っていく姿が印象に残ります。主を頼みと
せず、頼りにならない富や家財に最後まですがろうとする姿は、私たちに対する
教訓であり、警告でもあります。
イザヤ16章を見ますと、モアブがさばかれた最大の理由は彼らの誇りとたか
ぶりとおごりと自慢であったことがわかります。(16の6参照)。自分の蓄え
た富と家財は、自分の力と知恵の働きの結晶とも言えるものです。15の6、7
に記された彼らの行動は、彼らが神に頼らず、自分の力と知恵に頼り、神に対し
ておごり、高ぶり、自分を誇っていたことをあらわしています。それがさばきを
招いた根本的な理由でした。
「この世で富んでいる者たちに、命じなさい。高慢にならず、頼りにならない富
に望みをおかず、むしろ、わたしたちに全てのものを豊かに備えて楽しませて下
さる神に、のぞみをおくように、また、良い行いをし、良いわざに富み、惜しみ
なく施し、人に分け与えることを喜び、こうして、真のいのちを得るために、未
来に備えてよい土台を自分のために築き上げるように、命じなさい」(テモテ第
1・6の17〜19)とパウロも説いています。
主よ、私がいつもあなたにのみ信頼し、自分の知恵や力、自分の富を頼みとす
ることがないように助けて下さい。もっと深くあなたを知り、あなたを信じ、あ
なたを愛する者として下さい。
(by 明智信作)