「救いの神を覚えよ」


「(その日)とり残される者があるとイスラエルの神、主は言われる。その日、 

 人々はその造り主をあおぎのぞみ、イスラエルの聖者に目をとめ、」     

                           (黙示録14の4) 


 イザヤ17章は、ダマスコに神のさばきが下ることを預言しています。さばか 

れる根本的な原因は、「あなたがたが自分の救いの神を忘れ、自分の避け所なる 

岩を心にとめなかったからだ」(10節)と主は言われます。「その造り主を仰 

ぎのぞみ、イスラエルの聖者に目をとめ、おのれの手のわざである祭壇を仰ぎの 

ぞまず、おのれの指が作ったアシラ像と香りの祭壇とに目をとめない」(7、8 

節)人たちが、ダマスコのさばきの時、「とり残されるもの」(6節)となる、 

というのです。これは再臨直前の今の時代にも適用できます。         

 このメッセージは、神のさばきの時の到来と、創造の神の礼拝を訴える第一天 

使の使命を思い起こさせます。神のさばきの時が来ている今、私たちは、自分を 

かけがえのない存在として造り、無条件に愛して行かして下さる創造の神を覚え、

この神なしに命はないことを認めて、真心からの感謝と賛美を持って神を礼拝す 

るように、招かれています。さらに、この神が私たちを愛するゆえに、御計画を 

以て私たちを召し、全ての罪からあがないすくって下さったことを心にとめ、愛 

と全き信頼を持って神を仰ぎ、礼拝する経験が、今求められています。頼りにな 

らないものに頼るな、と主は諭して下さいます。この経験は、創造と救いの記念 

である安息日を覚えることと密接に関係しています。安息日が、本当に魂の安息 

の日となるためには、毎日の生活の中で、神が自分を愛し、自分の幸福の為に何 

が最善であるかを信じる信頼をもって、すべてのことに感謝しつつ歩ませて頂く 

ことが大切です。                             

                             (by 明智信作)