「み心に留められる幸い」


「あなたの天を、あなたの指の業を わたしは仰ぎます。月も、星も、あなたが 

 配置なさったもの。そのあなたが御心に留めて下さるとは 人間は何ものなの 

 でしょう。あなたが顧みてくださるとは。」      (詩編8の4、5) 


 ダビデは天に広がる無数の星を仰ぎ、その一つ一つが神の指の業だと言ってい 

ます。創造主の偉大さを彼は強く意識しています。その時、人間の存在の小ささ 

を意識しないではいられませんでした。しかし、それだけでなく、広大無辺の宇 

宙を創造されたあの偉大な神が、こんなちっぽけな人間に心を留めてくださるこ 

とに不思議を感じ、「人間は何ものなのでしょうあなたが顧みてくださるとは」 

と叫んでいます。                             

 私も似たような思いを経験しました。「各時代の希望」に「救い主は、1人が 

御国に救われるためであっても、カルバリーの苦悩を経験されたであろう」とあ 

ります(中巻280ページ)私だけが反逆しても、キリストはこの私だけのため 

に十字架にかかって下さる、と言うことを初めは信じがたく思いました。しかし、

キリストが創造された全宇宙の中で、この地球が無きに等しい小さな惑星である 

こと、このただ一つの反逆した星のために、「神の御子キリストが自ら人となっ 

て来て下さり、御自分の命まで捧げて下さったのだ、それほどに私たち1人1人 

は、神にとって大切な存在なのだと言うことを考えた時、理解出来るようになり 

ました。それだけで無く、人間は同時に完全な愛と関心を注ぐことはできないけ 

れど、神にはできる、それゆえ神はこの宇宙にあたかも私1人しかいないかのよ 

うに関心を示し、愛を傾けて下さるのだ、さらに私の救いの代価は、キリストの 

何兆分の一でなく、命のすべてが必要だったということを考えた時、信じられる 

ようになりました。                            

                             (by 明智信作)