「変わらぬ神の愛」
「「たとい山々が移り、丘が動いても、わたしの変わらぬ愛はあなたから移らず、
わたしの平和の契約は動かない。」とあなたを憐れむ主は仰せられる。」
(イザヤ54の10)
あわれみ深い主は、私たちの救いの根拠を、私たちの内にお求めになりません。
これは本当にありがたいことです。あなたの信仰状態は絶えず変化するでしょう。
私たちの心の変化と比べれば、山々が移り、丘が動く可能性は限りなく小さいも
のです。しかし、主は、「たとい山々が移り、丘が動いても、わたしの変わらぬ
愛はあなたから移らず」と仰せになるのです。「私はキリストを愛しているだろ
うか」と自問する必要はありません。私がキリストを愛しているかどうか、が救
いの根拠になるのではありません。私たちの救いの根拠は、キリストが私を愛し
ているかどうか、キリストがわたしの罪を全部あがなって下さったかどうか、に
かかっています。十字架の上に表されたキリストの愛によるあがないこそ、救い
の土台です。私たちは、毎日十字架のキリストを見上げることから出発しなけれ
ばなりません。まず本当に、無条件に愛されていることを悟り、許されているこ
とを味わうとき、揺るがぬ平安が私たちのものとなるのです。そしてそこから、
もっとキリストを求めるかわきが生まれてきます。心からの服従、全き献身が生
まれてきます。そのために十字架をもっともっと生き生きと心に描き、瞑想する
ことが大切です。
今キリストは天の至聖所で、あの流された血、真っ赤な血にもとずいて、私た
ちのために、休むことなくとりなして下さっています。これは、あの十字架の出
来事が、2千年前の過去の出来事でなく、あたかも今日私のために成し遂げられ
たかのように、新鮮な出来事であることを意味しています。このキリストの変わ
らぬ愛に信頼し、私たちを愛して下さるキリストに感謝し、ほめたたえましょう。
(by 明智信作)