「すべての経験が宝となる」


 お元気ですか?明智信作です。皆さんの中には、すでに、自分を造り、生かし、

愛してくださる神を信じておられる方もいれば、そうでない方もおられる、と思 

います。少なくとも、神を求めておられる方がほとんどだと思います。最近、私 

は、すでにクリスチャンでありながら、心の奥深い処で、神の愛を疑い、神を恨 

んでいる、言い替えれば、神との本当の和解ができていない方が、案外多いので 

はないか、と思うようになりました。その人は、神を信じるといいながら、心の 

底では、神を恨んでいるのです。どうして自分だけが、こんな境遇に生まれ、育 

ったんだろう。愛情のあふれた両親のもとで生まれ、何不自由のない家庭に育っ 

ていく人もいるのに、なぜ自分はそれとは正反対の家庭に生まれ育つことを神は 

許されたのか、神は不公平ではないか、神は本当に愛だろうか? このような思 

いが、心の底にある時、私たちは、自分の過去を恥じていることになり、自分の 

不幸を悲しみ、神を恨んでいることになります。 しかし、自分にとって望まな 

かった苦難、不幸の経験のゆえに、神を求め、神を知る経験に導かれた、という 

ことはないでしょうか。その意味で、あなたは、その苦難、不幸をさえ喜ぶこと 

ができるのではないでしょうか。それだけでなく、あなたの経験は、同じような 

経験をもつ他の人を理解するのに助けとなります。自分の人生の中で、汚点と見 

えること、恥と思えることが他の人の救いのために光となるのです。ヤクザから 

クリスチャンになった人たちがいます。その中には牧師になった方もいます。今 

や彼らは、その特殊の経験故に、人の救いのために大いに用いられています。神 

は愛であって、決してむだをなさいません。そのことがわかると、自分の経験は 

すべてが宝であることがわかります。 ひろはまかずとしさんがこんな詩を書い 

ています。                                

「あなたは本当は一番しあわせものなんだよ 人よりももっとたくさんの風をう 

 けたんだから」                             

今、苦しんでいる方、その苦しみも大切な宝となりますよ。          

                             (by 明智信作)