「祝福に満ちた望み:再臨のもう一つの理由」


 お元気ですか? 明智信作です。キリストの再臨が「祝福に満ちた望み」と言

われている理由の一つは、神が死を滅ぼし、永遠の命に復活させて下さることに

ありますが、それだけではありません。旧約聖書イザヤ35章に、つぎのように

記されています。「あなたがたは弱った手を強くし、よろめくひざを健やかにせ

よ。心おののく者に言え、「強くあれ、おそれてはならない。見よ、あなたがた

の神は報復をもって臨み、神の報いをもって来られる。神は来て、あなたがたを

救われる」と。その時、見えない人の目は開かれ、聞こえない人の耳は聞こえる

ようになる。その時、足の不自由な人は、しかのように飛び走り、口のきけない

人の舌は喜び歌う。」 生まれながらに、重度の障害をもって生きておられる方

々にとって、この地上の人生は、不自由な人生、困難の多い人生だと思います。

しかし、そのような障害をかかえながらも、明るく、力強く生きている人を知っ

ています。特に、Mさんは、幼いときに、次第に目が見えなくなり、耳が聞こえ

なくなり、やがて完全に目が見えない、耳が聞こえない、という二重苦をかかえ

た方です。しかし、Mさんは、熱心な牧師の聖書研究、それも手の平に指で文字

を書きながらの、忍耐強い研究の結果、イエス・キリストを信じ、キリストの再

臨を待ち望むアドベンチストとなられました。わたしが神戸教会の牧師をしてい

た頃、Mさんは、教会員として、熱心に、忠実に教会に出席しておられました。

わたしが、Mさんの手のひらに「おはようございます。めいちです」と書いて挨

拶しますと、「ああ、先生、おはようございます」と明るく、元気にあいさつし

てくださっていました。Mさんのお話は、信じる事の偉大さを感じさせてくれま

した。彼は、今も再臨の日、目が開かれ、耳が聞こえるようになり、顔と顔とを

合わせてキリストにお会いできることを希望として、信仰生活に励んでおられま

す。愛の神は、死も、悲しみも、叫びも、痛みもない新しい世界を、私たちのた

めに用意しておられるのです。                      

                             (by 明智信作)