「完全なゆるし」
お元気ですか? 明智信作です。ある大学で教えていたアメリカ人がいました。
ある時、その大学にひとりの年老いた、敬虔なクリスチャンが講演に来ました。
その方は神々しいほど輝いたクリスチャンだったのですが、その話は知的要素に
欠けていました。無学まるだしの講演でした。そのアメリカ人教師は、講演が終
わって講堂を出る時、自分の教えている学生達に、大声で笑いながら、「ばから
しい話だったな。恥知らずにもほどがある」と批評したのです。
ところがクリスチャンである彼が、その晩祈ってベッドに入ろうとしたとき、
彼の良心が急に痛みだしました。「あっ、わたしは先生という立場にありながら、
何という無礼な、不敬虔な批評をしてしまった事だろう」彼は涙ながらに悔い改
めの祈りをし、すぐその場でおわびの手紙を書きました。数日たって、その老聖
徒から返事が来ました。おそるおそる開いてみると、こう書いてあったそうです。
Dear John Forgiven Forgotten Forever
愛するジョン ゆるしました 忘れました 永遠に
「ゆるしました 忘れました 永遠に」なんとすばらしい、美しいことばでしょ
う。これが、罪を告白し、悔い改めた人に対する神のゆるしであります。神のゆ
るしは完全です。その赦しについて、旧約聖書には、「あなたはわれわれのもろ
もろの罪を海の深みに投げ入れ」と書かれています。計り知れないほどの海の深
みには太陽の光も届きません。人間の最高の技術を駆使しても、その海底に達す
る事はできません。ひとたび、海の深みに投げ入れられた物はだれも捜し出す事
ができません。同様に、神が私たちの罪をこのような海の深みに投げ入れた、と
仰せになっているのは、神が私たちの罪を完全にゆるし、二度とそのゆるした罪
をとりあげて責める事はしない、という事です。神もまた、ゆるしました、忘れ
ました。永遠に、とおっしゃてくださるのです。だから、神に告白した罪は赦さ
れたことを信じて感謝しましょう。
(by 明智信作)