「わたしは主、ほかに神はない」その2
お元気ですか?明智信作です。旧約聖書に「あなたがたは鼻から息の出入りす
る人にたよることをやめよ、このような者はなんの価値があろうか。」とありま
す。つまり、人間は究極の心の拠り所にはならないと教えているのです。「鼻か
ら息の出入りする」人間は、やがて息を引き取る時がくるからです。まして、死
んだ人や、人間の造りだした偶像などは、なんの力にもなりません。私達一人一
人を、ユニークな存在として造り、生かしていてくださる創造主こそ、私達が安
心して頼れるお方であります。だから、創造主は「あなたはわたしのほかに、な
にものをも神としてはならない」と仰せになっているのです。さて、この神が、
ご自身のことを旧約聖書の中で、こう言っています。「わたしのほかに神はない。
わたしは義なる神、救い主であって、わたしのほかに神はない。地の果てなるも
ろもろの人よ、わたしを仰ぎのぞめ、そうすれば救われる。わたしは神であって、
ほかに神はないからだ。」いかがでしょうか。ここで言われている救いは、罪と
死からの救いであります。聖書は、神に造られ、生かされていながら、それを認
めず、神にそむいて滅びるばかりになっている人間を救うために、神は、ひとり
子イエス・キリストを人類に賜った、と教えています。あのキリストの十字架の
死こそ、全人類の罪のための身代わりの死、犠牲的な愛の死でありました。聖書
は、驚くべき事に、この神の子キリストこそ、全宇宙の創造者である、と宣言し
ているのです。すなわち、無限の宇宙を創造し、保持しておられる神が、このわ
たしを愛して、ご自身をささげてくださった、というのです。聖書は、私達を罪
と死から救うためには、創造主の限りない愛の犠牲以外にはない、そして、その
ような犠牲をはらった者はほかにない、と言うのです。この神を信仰によって仰
ぐ者はだれでも救われる、と言うのです。これほどに愛して下さっている救い主
を離れて、ほかの何にわたしたちの安心の根拠を見いだすことができるでしょう
か。
(by 明智信作)