「わたしは主、ほかに神はない」その3
お元気ですか? 明智信作です。これまでに、神が、「わたしは神であって、
ほかに神はない」と仰せになる根拠は、ご自身こそ、造り主であり、また救い主
である、ということをお話してきました。今日は、旧約聖書のイザヤ46章から
読んでみたいと思います。
「わたしは神である、わたしのほかに神はない。わたしは神である、わたしと等
しい者はない。わたしは終わりの事を初めから告げ、まだなされない事を昔か
ら告げて言う、『わたしの計りごとは必ず成り、わが目的をことごとくなし遂
げる』と」
ここでは、神はご自分の計画された事は必ず成し遂げる、したがって、神がこ
うなる、と仰せになったことは必ず成就する、ということです。これは、聖書に
顕著に見られる預言の成就で確かめる事ができます。終わりの事を初めから告げ、
しかもその通りになるようにできるのは、わたしだけである、と神は仰せになっ
ているのです。ノストラダムスの予言が話題になりましたが、1999年の7の
月には何が起こったと言うのでしょうか。解釈の仕方でどうにもなるような預言
は、それ自体信頼できないものです。しかし、聖書には、ほかの解釈の余地のな
いほどに明確な預言がなされ、しかもそれが見事に成就している例を数多く見い
だす事ができます。キリストの十字架の死も、そのことが現実となる1000年
も前に、預言されていました。旧約の詩篇22篇に
「まことに、犬はわたしをめぐり、悪を行う者の群れがわたしを囲んで、わたし
の手と足を刺し貫いた。・・彼らは互いにわたしの衣服を分け、わたしの着物
をくじ引きにする。」
とあります。「手と足を刺し貫いた」とあるのは、十字架の刑を表しています。
興味深い事に、この詩を書いたダビデの時代には、まだ十字架による死刑はなか
ったのです。また、キリストは、死ぬ前に兵士たちによってその着物がくじ引き
されました。このように具体的な事を1000年も前に預言し、そのとおりに成
就された神こそ、私達の未来をも安心してお任せできる神ではないでしょうか。
これまでにお話してきたのは、神が、天地万物の造り主であり、この地球を人間
のすみかとして造られたかたである、ということと、
つまり天地を造られた創造主が、ここでは「わたしだけが、あなたを救う神で
ある。ほかに神はない」と仰せになっているのです。あなたは、ほかの何物にも
捕らわれる必要はない、わたしに頼れ、わたしがあなたを造った、わたしはだれ
よりもあなたのことをよく知っている、わたしは一瞬たりとも、あなたを支える
手を放さない、わたしはあなたのことを忘れない、わたしはあなたを愛している、
あなたの幸せのために、何が最善かを知っている、わたしがあなたのために、計
画をたてている、わたしに頼れ、と語りかけておられるのです。
神のかたちに造られた私達は、このお方に頼る以外に本当の幸せはないことを、
だれよりも造り主ご自身が一番良く知っておられるゆえに、強い言葉で、「あな
たは、わたしのほかになにものをも神としてはならない」と仰せになる
(by 明智信作)