「命の値段」


 お元気ですか、明智信作です。キリストは、マタイによる福音書16:26で、


「人はたとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。 

 自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。」          


と言って、かけがえのない命の大切さを教えています。あなたの命の価値は、あ 

なたの持ち物にはよらないこと、人との比較で上がったり下がったりするもので 

はない、ということを先週お話しました。それでは私たちの本来の自分というも 

のの価値をどこに見いだす事ができるでしょうか? 敬虔なクリスチャン指導者 

であったエレン・ホワイトという方は、こう言っています。「いったい、だれが 

一人の魂の価値を評価できるであろうか。もしその価値を知りたいと思うならば、

ゲッセマネへ行って、血の大きなしずくのような汗を流して苦しまれたキリスト 

と苦悩を共にするとよい。そして、十字架にかけられた救い主を見ることである。

「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」というあの絶 

望の叫びを聞き、傷ついた頭、刺された脇、さかれた足を見なければならない。 

・・十字架の下に立って、キリストはただ一人の罪人のためでさえ、その命をお 

すてになったのだということを考える時、初めて一人の魂の価値を正しく評価す 

ることができる。」つまり、わたしという存在の価値は、キリストが払って下さ 

った犠牲の大きさによって評価される、というのです。私に何ができるか、でき 

ないか、には関係がないのです。私も、自分に対する神の評価を受け入れた時、 

初めて心に平安を見いだす事ができました。この神が、            


「私の目には、あなたは高価で尊い、わたしはあなたを愛している」      


と言われます。自分の弱さと強さ、長所と短所、失敗と成功、過去の生い立ちと 

経験、心の中の思いなど、すべてを知り尽くしてもなお、見捨てず、それでも、 

あなたは私にとって、宝石のように価値がある、と見て下さる神を知って、ゆる 

がない平安をもつようになりました。あなたは神の目に絶大な価値があるのです。

                             (by 明智信作)