「きっとわけがあるにちがいない」
お元気ですか、明智信作です。クリスチャンの精神科医、工藤信夫先生の診察
室に、一人の人がやってきました。目からは光が失われ、表情は暗く、その声も
弱々しい人でした。その人のおばあさんとお母さんは、互いに自分の意見を主張
して譲らず、永い間不和がつづいていました。父親は厳格で、彼女は息をひそめ
て生活をしてきた方でした。話が進めば進むほど、母親に対する攻撃心をあらわ
にし、父親をなじり、わが身の不幸を嘆きました。工藤先生は、「はたしてこの
人のどこに抜け道があるだろうか」と思案に暮れていました。
ところがある時、この人が次のように語りました。「先生、不幸や不満ばかり
言っていましたが、この間、久しぶりに祖父母を訪れ、父や母の生い立ちや結婚
のいきさつなどいろいろ聞きました。そしたら、父や母にもそれぞれ苦労があっ
たこと、またお父さんはああいう形でしか、私に対するいたわりを表せない人だ
とわかりました。そして、何よりうれしかっったのは、初めて自分の気持ちを言
った時、おじいちゃん、おばあちゃんが泣いてくれたことです。このごろは私も
言いたいことを言えますし、やっと家庭らしい家庭になりました。先生、私は本
当は幸せだったのです。」こうしてその人の家には、永い間とだえていた笑い声
がもどったそうです。
いつも自分の立場からしか人を見ない時には、見えなかったものが、相手の立
場に立って考え、相手の事情を理解しようとするとき、相手が全くちがってみえ
てくる、ということがよくあります。相手のことがわかってくると、優しい気持
ちになり、ゆるすことができるようになります。それだけでなく、いとおしくさ
え思えるようになります。人の言葉や態度をすぐに裁かず、きっとわけがあるに
違いないと思って、それを理解しようとする心のゆとりをもちたいものですね。
(by 明智信作)