「涙のとなり」
お元気ですか、明智信作です。新約聖書の中に、
「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい」
言う言葉があります。私が心のなかで深く尊敬している方は、このみことばを実
際に生きている人です。その情の深さに自分の心もほぐれる思いがします。しか
し、人間の生まれつきの心は、このみことばからはかけ離れているように思いま
す。
口に絵筆を加えて花と詩を描いている星野富弘さんが、まだクリスチャンにな
る前、紫の花しょうぶの絵に添えて、こんな詩を書いています。
「黒い土に根を張り
どぶ水を吸って
なぜきれいに咲けるのだろう
私は
大勢の人の愛の中にいて
なぜみにくいことばかり
考えるのだろう」
星野さんと同じ部屋に、ター坊と呼ばれていた中学1年の男の子がいました。
ター坊も、スキー大会で転倒してしまい、両手両足が全く麻痺していました。星
野さんは、この小さな子どもがつらい思いをしていることを思い、神に祈るよう
な気持ちで、ター坊の回復を願いました。ところがある日、ター坊の腕が少し動
きました。その後少しずつよくなり、みちがえるほど元気になっていきました。
ところが、星野さんは自分の心の中に、どうしようもない寂しさがめばえてきて
いるのに気づいたのです。彼はこう書いています「私はかなしい心をもって生ま
れてしまったものだと思った。周囲の人が不幸になったとき自分が幸福だと思い、
他人が幸福になれば自分が不幸になってしまう。自分は少しも変わらないのに、
幸福になったり不幸になったりしてしまう。周囲に左右されない本当の幸福はな
いのだろうか。・・・立った今、ター坊の回復を心から喜べる私になれたら、私
の顔はどんなに明るくなるだろう」喜ぶ者と共に喜べない自分に気づいた星野さ
んは救いに近づいていました。事実、3年後、星野さんはキリストを信じてクリ
スチャンになりました。自分の心の醜さに気づいて悲しんでいる人たちは幸いで
す。救いが近いからです。
(by 明智信作)