「死と生を支配するもの」

 お元気ですか、明智信作です。旧約聖書の中に

「死と生とは舌に支配される」

という言葉があります。人を生かすも殺すも言葉次第だというのです。言葉の持 つ力は確かに大きいものがあります。中学生の時、私は器械体操のクラブに属し、 山口県大会に補欠として、出場した事があります。試合の途中、緊張の為に足の 筋肉が堅くなってしまうので、選手は薬を足のふくらはぎなどに、塗ったりしま した。私もみんなと同じように塗っていましたら、引率の先生が「お前まで塗る のか」と言われました。その時の心の傷はもう残っていませんが、言葉は今でも 忘れません。キャプテンが鉄棒で負傷した為に、私も途中から競技に参加したの ですが、補欠ゆえにちがった扱いを受けた事は、悲しい経験でした。また、こん な経験もあります。今から20年以上前になりますが、私が車を買って、初めて 運転した日に、三叉路で、接触事故をしました。私が全面的に悪かったのです。 相手の方が車から出てきて、すぐに警察を呼びました。初めて運転した日に、事 故をおこし、警察沙汰になった、と言う事で、私は気持ちが動転していました。 やがて警察がやってきて、事故の状況を調べ始めました。そんなとき、私が勉強 していた同じ学校の学生が通りかかり、私にこう言ったのです。「車を運転して いれば、こういう事はよくあることですから、あまり心配しなくていいですよ。」 私は、このように言われて、ああ、私だけではない、こういう事は良くある事な んだ、と知り、気持ちが軽くなったのを、今でもはっきりと覚えています。私は あの学生の一言で救われたのです。
 三浦綾子さんは、昔13年間、入院生活をした事がある方ですが、くる日もく る日も、微熱が続き血たんを出す綾子さんに、お母さんはこう言ったそうです。 「綾ちゃん、どんなに長いトンネルにも、限りがあるんだって」それは、三浦さ んに希望を与える言葉でした。私たちも人を生かす言葉を語る知恵と機転と愛を 求めたいものです。
                             (by 明智信作)