「迷子探しがむずかしい時」
お元気ですか、明智信作です。イエス・キリストは
「健康な人には医者はいらない。いるのは病人である。わたしがきたのは、義人
を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである」
と言われました。問題は、本当は病人なのに、自分が病人であることに気がつか
ない人がいる、ということです。その人は自分をいやすことのできる医者イエス・
キリストに助けを求めようとしません。あるご婦人が、6歳の女の子と4歳、3
歳、1歳半になる男の子を連れて、天王寺動物園に行きました。しばらく猿やキ
リンを見てから、象の柵の前で楽しくお弁当を食べていました。その時、3歳の
男の子の姿が見えなくなってしまいました。「しまった」と思ってお母さんはあ
わててさがしましたが、すごい人出の中を、両手に子どもの手を引きながらです
から、思うようにはいきません。なかなか見つかりませんでした。迷子係りのと
ころに行ってさがしてもらいましたが、それでもだめでした。とうとう動物園が
閉まる時間がきてしまいました。夕方6時頃、ご主人にも電話し、二人は必死に
動物園の周辺を探しました。また警察にもお願いして探してもらいました。そう
しているうちに、7時を少し過ぎた頃、曾根崎警察署に保護されていることがわ
かりました。勝手に地下鉄に乗って大阪駅の方まで行ってしまったのです。さぞ
かし泣いているだろうと思って、両親は急いで引き取りに行きました。ところが、
男の子はつい先ほどまで、おもちゃで遊んでいましたが、かしわ餅を食べて眠っ
たところだというのです。この時、いろんな方が「泣いてくれたらすぐ見つかる
んだがなあ」と言いました。確かに、その通りです。泣かなかったばかりに発見
が遅れたわけです。しかも、この子は自分が迷子になっていることに気づいてい
なかったのです。
もし自分が神から離れている迷子なのに、それに気づかないでいるとすればこ
れも重大な問題です。聖書は、私たちに自分の本当の姿を示してくれる鏡です。
(by 明智信作)