「神に用いられたマリヤの信仰」

 お元気ですか? 明智信作です。新約聖書ルカによる福音書1:26に、「御 使いガブリエルが、神から遣わされて、ナザレというガリラヤの一処女のもとに きた」と記されています。最初のクリスマスは、世界の片隅にある、ナザレとい う片田舎に住むマリヤに天使があらわれるところから始まります。当時のユダヤ は、強大なローマ帝国に征服されていました。ナザレは、そのユダヤの目だたな い小さな村でありました。しかも、後に「ナザレからなんの良い者がでようか」 と言われたような評判の悪い処でした。しかし、そこにマリヤが住んでいました。 神は、このマリヤの信仰をご存知でした。そして、この片田舎に住む一人の娘マ リヤの処に、天使ガブリエルが遣わされたのです。
 神は、だれが、どこに住んでいようと、一人一人を決して見過ごすことはあり ません。神は、一人一人の信仰をごらんになります。マリヤについて、聖書には その顔かたちや身のたけ、家柄や学歴などには一言も触れられていません。その ようなことは、神には問題ではありませんでした。しかし、聖書に記されている ことは、私たちが心に留めるべきことであり、神の関心がどこにあるか、を示し ています。全世界の救い主をこの世につかわされるのに、神が、マリヤという一 人の処女をお用いになられたのです。それは、驚くべきことであり、人間として、 これ以上の名誉はありません。神に用いられたマリヤとはどんな女性だったので しょうか。ルカ1:38で、マリヤは、

「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」

と天使に応答しました。ここに、マリヤの信仰が凝縮して表されているように思 うのです。マリヤは、

「ヨセフという人のいいなづけになっていて」(27節)

とあります。彼女はヨセフと婚約していましたが、まだ結婚していませんでした。 ですから、当然生活も一緒にしていませんでした。それなのに、

「あなたはみごもって男の子を産むでしょう。」

と天使から告げられたのです。結婚前に妊娠する、ということは、今でも決して 聞こえのよいものではありませんが、しかし、当時とは比較になりません。当時 の婚約関係は、結婚と同等の重みがありました。婚約者への裏切りであり、その ことで、どれだけヨセフを悲しませるか、さらに、ヨセフが自分のことをどのよ うに考えるか、ということを考えたら、これは耐えられない程に苦しいことでし た。石打の刑で殺されてもしかたないし、離婚されることは、避けられないこと でした。もし、生きながらえるとしても、マリヤは、生涯、ふしだらな女という レッテルを貼られ、世間から白い目でみられることを覚悟しなければなりません でした。マリヤは、自分がみごもると言われた時、そうしたことをも考えたにち がいありません。彼女が、

「お言葉どおり、この身に成りますように」

と答えたとき、マリヤは、自分の将来について起こり得るさまざまな心配をもす べて神にゆだね、それが神のご意志であるなら、その通りになりますように、と 答えたのです。ここに、彼女の神への信頼を見ることができます。このような信 頼と信仰の故に、神は、マリヤを用いられたのです。私達も、彼女と同じ信仰を 祈り求めたいものです。
                             (by 明智信作)