[読者からのお便り]
初めまして。
いつもメールマガジンをありがとうございます。
今日の言葉についてのお話はとっても勉強になりました。
これからも、良いお話を聞かせて下さいね。

お便り差し上げたのはちょっとご相談したいことがあるからです。 直接のご返事などはいりません。ただ、マガジンの中にでも 考えるヒントのようなものをいつか提示していただけたら・・・と 思っています。

実は近所にバプテスト教会があり、そこの牧師さんも近くに 住んでいらっしゃる関係で12月のこの時期になると教会への お誘いを受けます。それで今日も婦人のためのお茶会に 参加させていただきました。その席で教会に隣接する老人ホームに 入居中の婦人とお話ししました。その人は身寄りもなく、ホームでは よそものということで、入居して4年になるのに話し相手がいない と寂しそうなのです。(私もこの地に来て10年以上経ちますが いくらPTAや自治会活動に参加しても完全に受け入れられていない と感じることが多々あるので、そういう微妙な人間関係が 自分のことのようによくわかります。)

その人といろいろお話をしていて思ったのは、私で良ければ 話し相手になってさしあげたい、ということです。私も以前アメリカで 6年間暮らしたことがありますが、たったそれだけのことが日本だと 難しいんですよね。お互いに妙に気を使ったりして・・・。アメリカだと お年寄りの話し相手になるというボランテイアがありますよね。私も ただ、それだけのことができたらいいなあ、と思うのですが、やはり よけいな御世話かな?とも思ってしまうんです。それでいてやっぱり なんとなく気になってしまって・・・。 こんな時はどうしたらよいでしょうか?なにか、アドバイスがありましたら ご教示いただければ、うれしく思います。

お忙しい時期に長いメールを出して申し訳ありませんでした。 これからもメールマガジンを楽しみにしています。
                              M子
[牧師からの御返事]
M子さんへ

いつもメールマガジンを読んで下さって有り難う御座います。御返事が遅くなっ て申し訳ありません。老人ホームに入居中のご婦人が寂しそうなので、話し相手 になって差し上げたいとのこと、素晴らしいことだと思います。M子さんのよう に、同じ様な経験をしてその気持ちの分かる方こそ、そのご婦人のよき話し相手 になることが出来ると思います。キリストは、自分を愛するようにあなたの隣り 人を愛しなさい、と仰せになっています。また、あの良きサマリヤ人のたとえ話 (ルカ10章)の最後に、祭司とレビ人とサマリヤ人の内、「誰が強盗に襲われ た人の隣り人になったと思うか」(ルカ10:36)と尋ねられました。律法学 者が「その人に慈悲深い行いをした人です」と答えると、キリストは、「あなた も行って同じようにしなさい」とお命じになりました。つまり「あなたも行って 助けを必要としている人の隣り人となりなさい」と言われたのです。隣り人であ ることと、隣り人となることとは大きな違いがあります。「隣は何をする人ぞ」 と言われるほどに人と人との愛の関係が冷えてきている今こそ、隣り人となる関 わりが求められています。人の必要に応える具体的な行動こそ、今、一番必要と されています。マタイ25:34−40,イザヤ58:6−11でも、このこと を教えています。M子さんが、そのご婦人と出会ったのも、神の摂理(神のご計 画と導き)ですから、その出会いを大切になさって、その方の隣り人になって下 さい。神の祝福と導きが豊かにありますように、お祈りいたします。これからも 是非続けて読んで下さいね。
                                明智信作